高野悦子「二十歳の原点」案内
「二十歳の原点」(昭和44年)

コミック版 二十歳の原点

コミック版カバー表紙 「二十歳の原点」を元にしたストーリーを漫画で表現した、高野悦子原作・岡田鯛作画「コミック版 二十歳の原点」(双葉社)が、2019年6月13日(木)に発売された。
 単行本・ソフトカバー、180ページ。税込み1080円。「二十歳の原点」そのものを主題として扱った漫画・コミックは初めてである。

 編集者へのインタビュー

 カバー表表紙、ロングヘアの高野悦子がノートを抱えている姿のイラストが印象的だ。背景にうっすらと学生運動の〝立て看〟や垂れ幕のある大学キャンパスも描かれている。
 赤い帯には「200万人に読み継がれてきたベストセラー、初のコミック化。「今のままじゃダメ」だと感じている全ての人に。学園闘争がピークを迎えた1969年、立命館大学に在学中の高野悦子が残した魂を揺さぶるメッセージ」とある。

 ※「二十歳の原点」を導入として扱った漫画作品としては、直近では神村篤『受苦の魂』「アックス第101号」(青林工藝舎、2014年)がある。

 1巻完結。ストーリーは「2018年、二十歳を迎えた大学生・杉田莉奈は喫茶店で『二十歳の原点』という本と出会う。その本を読んでいると、彼女は突然意識を失った。目が覚めた時、彼女は学園闘争真っ只中の1969年1月、京都・立命館大学近くで高野悦子と出会う…」で始まる。
 そして高野と杉田は「二十歳の原点」に登場する様々な場面で、自分たちを取り巻く状況やそれに対する考え方をストレートにぶつけあっていく。

新潮文庫版につけられたコミック版用帯 5つある章の各章末には、原作にあたる高野悦子「二十歳の原点」新潮文庫(新潮社、1979年)(文庫版と呼ぶ)の時系列通りに、高野悦子本人や周囲の出来事についての要約と解説、タイムラインが添えられている。タイムラインはたとえば「69年1月2日─高野悦子さん、20歳の誕生日」「1月6日─ご両親が悦子さんに、成人式用の着物を作る」などと箇条書きされている。
 漫画のストーリーに登場するキーワードも取り上げられ、たとえば第1章では「総長公選」「佐藤訪米阻止闘争」など当時の時代性のある5つの言葉が説明されている。

 主な書店では文庫版とともに並べて販売展開された。文庫版にもコミック化を知らせる帯が付けられたほか、発売日も高野悦子の命日である6月24日のタイミングに合わせる形になった。

「彼女から発せられた言葉で」…編集者へのインタビュー

双葉社本社外観 編集にあたった双葉社第一書籍編集部・旭和則さんとアントラーク・織田直幸プロデューサーに、東京・新宿区の双葉社本社で会って話を聞いた。
 旭さんと織田さんは7年以上前からビジネス・実用の書籍やムックを一緒に編集してきた仕事仲間。今回の「コミック版 二十歳の原点」の企画は、織田さんが「二十歳の原点」を読んで共感していたことが発端だった。二人の間ではかなり以前から漫画化するアイデアがあったという。

 それが〝そろそろやってみよう〟と具体的に動き出したのは2017年秋ごろ。
 織田さんは語る。「私は55歳ですが、元々学生時代に芝居をしたりしたアングラなタイプの人間で、17、18歳のころに初めて読んだ「二十歳の原点」の印象がずっと残っていました。
 編集という仕事をして30年くらいになって、これまで『売れる!売れる!』とか言ってそれだけでやってきた部分もあったんで、普通のムックとか商業誌ではなく、ここで“何か少し区切りになる作品ができないかな”と思いました。昔から自分が読んでる本とかリスペクトがあるものに携わりたかったというんでしょうか。それで相談して、たまには〝襟元を正した本を作ろう〟ということになったんです」。
 当初はあまりピンと来なかった旭さんも「改めて文庫を読んでみると〝熱量〟が高いし、これを漫画にできて、原作を知らない若い子の世代に手に取ってもらえれば一つのムーブメントができるんじゃないかと思いました」と振り返る。
 原作の版権がある新潮社と協議したところ新潮社側も積極的な姿勢で、調整の結果、双方の展開も含めて没後50年に向けて出すことになった。

 企画提案は最初から漫画スタイルだったという。織田さんは振り返る。「SNSでコミュニケーションする現代の若者が、スマホやSNSが全くない古いコミュニケーション─たとえば「マスターに言づけ」とか「雨宿り」とか─と出会った時、どういう反応になるのか、それが隠れたテーマとして初めから存在しました」。
 その実現には小説や評論じゃなく、漫画にする必要があった。
 「同じ20歳でも2019年の20歳と1969年の20歳って全然意識が違うんじゃないか。それならばフィクションとして、現代の若い子を当時に行かせて時代の熱を感じたらどういうふうに考えるだろうか…、ということになりました」(旭さん)。
 当初は双葉社社内の反応も今一つだったが、単に文庫をなぞるだけでなく新しいキャラクターを入れて若い世代にも受け入れられる形の企画と強調したところ、〝とりあえずやってみよう〟となった。大手出版社の懐の深さとも言える。

全共闘ヘルメットのイラストが描かれた販売用広告 実際の編集作業は、織田さんの構成や文章をベースに旭さんと二人でやり取りをしながら進められたが、意外に時間がかかったという。特に厳しかったのが1巻完結に伴う紙幅の制約で、いくつかのシーンは省かざるをえなくなった。
 それでも要約やタイムライン、現代の若者にはわからない用語の説明は必ず載せるようにして、編集者の意図とは別に、文庫版のガイドブックのように機能することも狙った。
 「最初に文庫を読んだ時は高野さんがだて眼鏡を掛ける記述をスルーしていましたが、この漫画で逆にわかりました」(旭さん)。

 作画は、双葉社の漫画雑誌の編集部と相談などの結果、岡田鯛さんに決まった。旭さんと織田さんにとって岡田さんへの依頼は今回が初めてだった。
 「主人公の高野さんのイメージはもちろん、学生運動や背景の街並みについて〝1969年(昭和44年)感〟が要望通りきちんと忠実に描かれていました。さらに当時の下宿アパートの空気感や時代性がある小物、デパートの屋上遊園地や信号機のゼブラ板、下宿でのインスタントラーメンまで、細かい指示をしていなくてもディテールまで〝昭和感〟を描き込んでくれました」(旭さん)。

 コミック版では、高野悦子の自殺について解説とタイムラインだけで短く触れられているのが大きな特徴だ。
 織田さんは強調する。「知らない人が読んだら〝どうなったかわからない〟ということになると思います。でも、それでいいんです。高野悦子さんの場合、失恋して自殺するということに焦点が当たりがちですが、そうではなくて、彼女から発せられた言葉で『二十歳の原点』はずっと生き続けている本じゃないでしょうか。
 現代はすぐに『結局、結果は何なの』『結果は出たの、出なかったの』と。人間はそういう中で生きてる部分はもちろんあります。しかしそれだけで、たとえば〝学生運動をやって失恋して死んだ人〟だけでストーリーが簡単に片づけられるのは納得できませんでした」。

高野悦子の言葉が入った広告 漫画完成前の下書き段階に至って社内で見せたところ、「内容がおもしろい」と風向きが変わる。営業的にも「この本を売って行こう」という動きになった。文庫版を読んだことがない若い営業担当者も下書きを読んで具体的なイメージが出てきたことがあるという。
 「実際に営業で実働している年齢層は20代後半とか30代で、元の文庫を読んでない世代です。そのみんなが今回の漫画の下書きを読んだ後に『文庫を読みたくなった』と、買ったりしていました」(旭さん)。新潮社側の希望と一致することにもなったようだ。

 二人は去年11月、高野悦子の遺族に報告するため、弟の昌之さんを新潮社関係者とともに訪ねた。昌之さんは「若い世代にも『二十歳の原点』を知ってもらえればありがたいですね」と感想を漏らしたという。
 「文庫を読んだことがない若い世代の人にも手に取ってもらいたいです。そのために一生懸命に作りました」。旭さんと織田さん、共通の思いだ。

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