高野悦子『二十歳の原点』単行本の出版は1971年5月で、2021年に50年を迎えた。この節目の時、1970年代初頭を扱い、時代の象徴として「二十歳の原点」が登場する演劇が、東京・六本木の六本木トリコロールシアターで2021年5月15日(土)から6月13日(日)まで開かれた。
初日の5月15日に取材した。
演劇のタイトルは、舞台『アカシアの雨が降る時』。いわゆる60年安保の時代を象徴する曲として知られる、西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」を参考に題されたとみられる。料金は6,800円
東京が新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言期間にある中で開かれることとなり、関係者にとってはそもそも開演できるのか、開演のために感染防止の対応をどのようにすべきかなど相当の苦労があったと思う。劇場では対策が厳重に行われた。
作・演出は鴻上尚史氏。日本の現代演劇を代表する一人である。
パンフレットでは導入部について「母が倒れた。病院に駆けつけると、母は自分のことを20歳の大学生だと思い込んでいた。そして、私の息子を、つまり、母の孫を自分の恋人だと信じて呼びかけた。母の恋人、つまり私の父と息子は、顔がよく似ていた。母と父は大学生の時に出会ったのだ。
医者は、母は病気であり、母の妄想を否定してはいけないと告げた。息子は母の恋人として話し、私は恋人の父、つまり私の祖父だと振る舞った。
こんがらがった関係の中、母は大学に戻ると言い出した。70年代初頭、恋と革命が途方に暮れ始めるキャンパスへと。」と紹介されていた。
公式サイトで鴻上氏は「おかしくて、かなしくて、切なくて、わくわくする家族の物語の始まりです。ご期待下さい」と上演に向けたメッセージをしている。
初日の開演は午後7時。観客席は意外にも若い女性の姿が目立ち、自分より年上とみられる人は少ない。
先だって鴻上氏の声で「本日は『アカシアの雨が降る時』にご来場いただき誠にありがとうございます。劇場でお会いできることを本当にうれしく思います」と放送。上演中のお願いなどの説明があった。
そして、ステージは病室でのシーンから始まる。
さて「二十歳の原点」がどこでどのように飛び出すのかと思いながら耳を澄まし目を凝らして臨んだが…。
鴻上氏が手がけるコメディだけに、笑いやギャグ、軽妙なセリフは冒頭から〝てんこ盛りのわんこそば〟状態で襲ってくる。セットや場面転換などへの工夫も行き届いていて、エンターテインメントとしての完成度に感心する。
1972年頃の出来事や世相、さらに流行語などが登場する中で、「二十歳の原点」の占めるウエートは大きく、物語の鍵になっている。
高野悦子生前の1960年代後半ではなく、1970年代初頭に『二十歳の原点』が出版されベストセラーとなって、若者の内面に与えた影響力。そして「二十歳の原点」の存在を初めて聞かされる現在。ギャップが鮮明になっていく。
そのギャップを笑いながら、〝自ら悩み、考え、自分のやりたいことを本当にできているのか〟〝日本人は幸せになったのか〟を問われる。
安保闘争や反戦運動など様々なムーブメントが歴史的記録となり、それを知らない世代が大人になり親になっても、社会の矛盾や世代間の断絶といった課題は変わっていない、あるいは当時以上に深刻かもしれない。家庭・学校・会社によりどころを求めようとするが、必ずしも幸せは待っていない。
進むにつれ、どのような結末になるのかと引き込まれる。そして迎えたラストシーン…。
現代演劇トップクラスの舞台で「二十歳の原点」がここまで扱われるのは初めてじゃないかと驚く。鴻上氏の熱い思いを感じずにいられなかった。
舞台の出演は久野綾希子さん(70)、前田隆太朗さん(25)、松村武さん(50)と20~25歳間隔の3人。3人だけでスピーディーに回していくので忙しくて大変。
特に主役の久野綾希子さんは年齢が作品の設定と一致するリアリティで、元気があふれ、しぐさも細かく考えられている。ミュージカル女優として超有名だが、その魅力が引き出されていて、大きな見どころだ。松村武さんは演劇を知り尽くしたとも言える表情と話術の巧みさが際立ち、また前田隆太朗さんはエッジのある若さを前面に出している。2時間。
公演初日、鴻上尚史氏に話を聞いた。
「二十歳の原点」について鴻上氏は「自分は1958年生まれで、高校2年生くらいに読んだ。話題作だった。僕らの世代は、反戦運動や学生運動の盛り上がりから10年後に近いから、みんなそういうことを〝無視〟していたので、僕としては『二十歳の原点』は伝説の本だった。でも当時好きだった女の子にプレゼントしたら…、けんもほろろに無視されたけど(笑)。それがあの当時の1975年くらいの〝健全な若者〟の感覚だった。反戦運動や学生運動を遠い世界のものとして忌避していた」
そのうえで「『二十歳の原点』は1970年代初頭の時代を再現するマストアイテム。政治党派のような人の残したものではなく、活動に参加したけれど途中で止めてしまったりしたことを含めて彼女のスタンスに共感できるんだと思う」。
本ホームページについて、鴻上氏は女性が編集していると思っていたそうだ。今回改めて『二十歳の原点』を再読されていたこともあり、いくつかの質問も頂いた。「ホームページを見ているので、今後も発展させてください。とても素敵な仕事なので、出版を意識していいのではないのでしょうか」と励ましの言葉も添えてくださった。
好評を博した舞台『アカシアの雨が降る時』が2023年に再び上演された。初日の10月14日(土)に取材した。
作・演出の鴻上尚史氏に聞いた。
「2021年の初演がとても好評だったもので、それこそ主役だった久野綾希子さんが『すぐにやりたい』って、僕も『すぐにやりましょう』って。初演の時は新型コロナの緊急事態宣言下だったこともあって、お客さんも思ったより集まらなかったので、“より多くの人に見てほしいな”というのもあった。
あの時点の最速で2年後しか劇場が押えられないので、2021年に決めたら、もう再演はことし2023年になった」。
鴻上氏によると、日本では劇場の多くが2年先までスケジュールを組んでいくために、公演する側のスケジュール作りも2年先になってしまう異常な状況にあるとされる。自身も今、2025年のスケジュールを固め終わったくらいだという。
しかし事態は急変する。鴻上氏は振り返る。
「みんなで『再演しよう』って言っていたら、去年、久野さんが亡くなられた。“どうしようかな”とすごい思ったんだけど、久野さんの旦那さんとも話をしていて、久野さん本人が『私の代表作だ』って言っていたのをあとから聞いて、これはもう“久野さんの思い出のためにもちゃんとやった方がいいな”と思って。ただ久野さんのミュージカルというのもあったけど、登場する曲は『遠い世界に』とか『友よ』とかみんなが知ってるから、あの時代を描くためには必要だと思っていた。
それで今回、竹下景子さんが引き受けてくださったことで再演できた」。
今回の劇場は京王・初台駅前にある新国立劇場の小劇場。「大規模地震に十分耐える耐震構造と耐火構造」の建物はかなり立派である。
チケット料金は7,800円。枚数限定だが25歳以下は3,500円、65才以上は5,000円のチケットも用意された(東京公演。地方公演ではさらに低い料金もあった)。
初日の会場は約400人で満席。まさに老若男女だったが、2021年初演の時に比べると、自分より年上とみられる比率が少し上がったように見えた。一方で客席のリアクションの様子から察すると、初演に次いで2回目の人もいたように感じた。
出演は初めてとなる竹下景子さん(70)、鈴木福さん(19)、初演に引き続いて松村武さん(52)。この舞台の特徴である3人で動かすスピーディーな回しは変わっていない。今回は座席がステージに近かったこともあり、出演者の表情に目が行く時間が多かった。
竹下景子さんは、72歳という設定で20歳の女子学生の心でいる時、そして戻る時、その表情や物腰は見応えがあった。注目の歌唱は〝身近(できれば同じ部屋)で聴きたかった歌好きな女子学生の歌声〟。ミュージカル経験がなかったというのは驚くが、チャレンジする初々しさもあるかもしれない。
演じるにあたって、『二十歳の原点』を初めてじっくり読み、本当に胸がいっぱいになったという。「あの時代の混乱の渦中に身を置きながら、「自分はどう生きるべきか?」という命題と真摯に向き合い、自分や社会に対して常に素直であろうとした」生き方を感じたという。公演後、鴻上氏も「竹下さんの新たな一面を見つけていただいたと思う」と語った。
再びの松村武さんは、ストーリーを支えながら〝困らされて弾け吹っ切れる〟役に磨きがかかって小劇場的妙味を増す不可欠な存在。鈴木福さんは、根は優しく真面目な学生だが時に感情を激しく出す変化に挑んでいた。
見る者の年齢や人生経験によって3人の役への見方が異なるが、それが家族という普遍的なテーマで収れんしていく。幅広い観客を受け入れるこの舞台で、知らない人の方が多いはずの『二十歳の原点』はどう響くのだろうか。2時間。
☞旅に出よう(詩)