高野悦子「二十歳の原点」案内
二十歳の原点ノート(昭和41年)
宇都宮で1966年

 本項においては、高野悦子が栃木県立宇都宮女子高等学校時代を過した栃木県宇都宮市について、『二十歳の原点序章』の部分を紹介する。なおマスキン相生町本店は、1968年8月10日でふれる。
宇都宮広域図1966年

1966年 1月 3日(月)
 現代国語の教科書にのっていた「幸福について」(田中美知太郎)を読んだ。

 田中美知太郎「幸福について」(『現代国語2』(明治書院、1964年))は『哲学的人生論』(河出書房(現・河出書房新社)、1951年)によっている。
 幸福とは何かについて、生活の向上との関係から論じている。ソクラテスの考えから「私たちの生活が、単なる生存以上に出る時、すでに私たちの幸福は始まっているともみられる」とした。
 「学習の手びき
 1、ソクラテスの説く幸福とはどんなものか、考えてみよう。
 2、「幸福とともに不幸も始まる」ということはどういうことか、話しあってみよう。
 3、「私たちがもっている唯一の神性」とはどんなものか、まとめてみよう。
 4、「知足」と幸福との関係について話しあってみよう。
 5、「生存」と「生活」とはどのようなちがいがあると述べているか、考えてみよう。
 6、ヘラクレスはどうして困難な生活を選んだのであろうか。またそれは、わたしたちに「幸福」ということに関してどんなことを教えるものか、考えてみよう。
 7、作者の「幸福」を説くにあたっての論のすすめ方について考えてみよう」(「幸福について」『現代国語2』(明治書院、1964年))
現代国語2(明治書院)

1966年 1月 4日(火)
 今日、益田氏宅へ、岡村さん、瑠美子さん、私の三人でいったのだが、

 益田氏は、高野悦子の高校2年の担任教諭。担当教科は国語。後に著名な国語辞典の編集にも協力した。
 益田氏は個性的なキャラクターとされていて、高野悦子と高校2年で同じクラスだった同級生によれば「優しいけど取っつきにくい先生で、明るい感じではなく一歩引いたような感じだった。先生の所に行くなんて考えられない」と話している。また同じクラスで別の同級生は「ちょっと変わってて、物事を正面からじゃなく脇から見る感じの先生なので、高野さんが友達と一緒に行ったと書いてるんで“アレっ”て驚くほど意外だった。でも高野さんが本で書いてる好きな男性のタイプ、ちょっと憂いを含んだみたいな…かもしれないなとも思った」という見方をしている。

 市内で三人でチャンポン(六〇円)とロイヤルプリン(一〇〇円)をたべて、解散。

 益田氏宅の最寄り駅は東武・江曽島駅だった。帰りの電車は、江曽島駅─東武宇都宮線─東武宇都宮駅。東武宇都宮駅に比較的近い市内中心部で食事をしたとみられる。中心部を代表するオリオン通り商店街にアーケードが完成したのは1967年である。
益田氏宅から江曽島駅1969年の東武宇都宮駅外観
 高野悦子の高校同級生によると、特に宇都宮市江野町(現・池上町)のオギノ食堂(現・オギノラーメン)がチャンポンで知られていたという。この店に代表されるように宇都宮市内で「チャンポン」とは、一般的に〝五目あんかけラーメン〟と言われるメニューを意味する。
オギノラーメンのチャンポン宇都宮オギノ食堂地図

 宮駅でヘルマン・ヘッセ『荒野の狼』(角川文庫 一二〇円)を買う。角川より岩波の方がいいんだけど、なかったから仕方ない。

 宮駅は、国鉄・宇都宮駅のことである。宮は、宇都宮の地元での略称。
 ヘルマン・ヘッセ『荒野の狼』角川文庫(角川書店、1954年)は、ヘッセが1927年に発表した長編小説。岩波書店から『荒野の狼』が発行された記録はない。
宇都宮駅

1966年 1月 7日(金)
 奥浩平『青春の墓標』─ある学生活動家の愛と死─、阿部次郎『三太郎の日記』、木村正雄『詳解世界史』の三冊を落合書店で買った。あそこの雰囲気は、集英堂や西沢のそれより落ちついていていい。場所がらだろうか。本もさがしやすい。

青春の墓標

詳解世界史青春の墓標 奥浩平『青春の墓標─ある学生活動家の愛と死』(文藝春秋新社(現・文藝春秋)、1965年)は、学生運動の活動家で自殺した横浜市立大学生の手紙や日記などを集めた遺稿集。帯には「全学連という組織の中で引き裂かれてゆく愛を、克明な日記と恋人にあてた手紙で綴る清冽な青春像」。
 高野悦子が大きな影響を受けた本の一つである。
☞二十歳の原点序章1967年6月6日「高校二年の三学期に『青春の墓標』を読み、奥浩平にあこがれをいだいた」
☞二十歳の原点巻末高野悦子略歴「奥浩平「青春の墓標」を読み、彼の理論でなく〝社会に対する働きかけ〟に感動、以来心の友とする」

 阿部次郎『三太郎の日記─合本』角川文庫(角川書店、1950年)は、大正時代にベストセラーとなった教養書を集成し文庫本化。阿部次郎の次男である阿部啓吾は西洋哲学史専攻で立命館大学法学部教授だった1969年5月12日に47歳で病死している。
 木村正雄『詳解世界史』(昇龍堂出版、1964年)は、東京教育大学教授・木村正雄(1910-1975)執筆の高校・世界史の参考書。

落合書店

 落合書店は、栃木県宇都宮市西一丁目にあった書店である。ユニオン通りに面している。
 建物は建て替えられ、現在は宇都宮市を代表する書店として多店舗展開する落合書店の本部(オフィス)になっている。
落合書店地図落合書店本部
落合書店 落合均社長の話

 落合書店・現社長の落合均氏に話をうかがった。
 「1957年に先代の落合雄三がこの地で開業し、当時の店舗は木造で1階が売場で、落ち着いて本を選べる店づくりに力を入れていた。ユニオン通りを通る宇都宮女子高校の生徒も多く利用していた」
 「文芸活動もしていた落合雄三は、(売場の)「棚に〝人生〟を出せ」が信念で、自分が歩んでいる人生を棚に現わそうとしながら本を並べるよう心がけていた。自分はまだその境地まで届いてないが…」。

 落合社長は、高野悦子が「本をさがしやすい」と記述した背景について、このように説明された。

 落合書店は地元中心に文芸書を出している。落合社長によると、先代の落合雄三(1928-2005)が社長当時、高野悦子の日記について『那須文学』の関係者から出版の相談があった。日記の内容を見て、「これは東京の大手出版社で出した方がいい」とアドバイスしたという。
 落合雄三は、『那須文学』を創刊した大平義敬が「昭和44年立命館大学生の高野悦子が鉄道自殺をし、その死に到るまでのノートを同誌45年9月号に掲載した。このノートは大平の友人落合の手によって新潮社に斡旋され『二十歳の原点』として売り出された」(落合雄三「近代文学と那須・塩原地方」落合雄三ほか編著『栃木県近代文学アルバム』(栃木県文化協会、2000年))と残している。

集英堂書店

 集英堂書店は、栃木県宇都宮市鉄砲町(現・馬場通り二丁目)にあった書店。
集英堂書店地図集英堂書店跡
 閉店し、現在は駐車場となっている。
 集英堂書店と西沢書店は、戦前からあった宇都宮市の書店の老舗。

1966年 1月12日(水)
 本名をちょっと紹介すると、『青春の墓標』、『日本女性史』、『よくわかる数ⅡB』、『重要構文の徹底的研究』(英語)etc。

よくわかる数学ⅡB  井上清『日本女性史 上』三一新書(三一書房、1955年)。『青春の墓標』で「「日本女性史」はぼくが君に下巻を返してもらおうかなと思っていたところ」(奥浩平「中原素子への手紙1962年5月5日」『青春の墓標─ある学生活動家の愛と死』(文藝春秋新社(現・文藝春秋、1965年)))と登場する。
 田島一郎・中沢貞治『よくわかる数ⅡB』(旺文社、1964年)は 1963年度高校入学者から施行の学習指導要領で始まった科目、数学ⅡB用の参考書。2色刷り、当時350円。
 数学ⅡBは高校2年履修で、順列・組合せ、数列・級数、三角関数・ベクトル、図形・座標、微分、積分が内容。進学校では数学ⅡAではなく数学ⅡBを学ぶのが通例だった。
 『重要構文の徹底的研究』は、西尾孝『英語重要構文の徹底研究』(吾妻書房、1958年)。西尾孝は戦後の大学受験英語指導を代表する人物の一人。
☞1966年1月29日「現在読んでいるのは、『日本女性史』井上清著と」

1966年 2月25日(金)
 矢野さんの家を引き払って、中島さんに移った。荷物だけおいてきたのだが。

 中島さん宅は、宇都宮市内の大場宅のことである。矢野さん宅(大島宅)から近い。建物は建て替えられ、現存しない。
高3で下宿仲間の同級生「階段で話した将来」

1966年 5月 1日(日)
 スカラ座で映画をみた。「嵐が丘」と「黄金の七人」だったが、「嵐が丘」を見にいったのだ。九時半についたら、十メートルぐらい並んでいた。

スカラ座

 スカラ座は、栃木県宇都宮市相生町(現・馬場通り三丁目)にあった大型映画館である。「宇都宮スカラ座」と呼ぶこともあった。
 前身の映画館「電気館」として1905年に開館し、第二次世界大戦の空襲で焼失したものの、戦後まもなく再建された。大映封切り館を経て、「スカラ座」に改称し、洋画や大映作品を上映した。後には東映作品を上映するようになる。経営は当時のマスキンと同じグループの斎藤商事。斎藤商事は1970年までスカラ座を含め宇都宮市内で映画館6館を経営していた。
 1995年1月、地区の再開発事業に伴い閉館した。建物は現存せず、宇都宮パルコの南西部分等になっている。
宇都宮スカラ座地図宇都宮スカラ座跡
 『嵐が丘』(米、1939年)は、愛憎を描いた同名長編小説の映画化。この時は東和(現・東宝東和)配給。「死を越えて燃える愛の激しさ 世界文学史上不滅の名作映画化」。
嵐が丘
マスキン

1966年 9月16日(金)
 矢沢さんはお茶の水女子大にいくらしいが、あの人のように自分の範囲でうまく事柄、人間関係を処理して、自分の生活を守っていくというやり方もいいなあと思う。

 矢沢さんは高野悦子と同じクラスで、大場宅に下宿していた。同級生によると「矢沢さんは『二十歳の原点ノート』の記述のような感じの人でした」ということで、高野悦子と矢沢さんの関係も〝ビミョー〟だったと言う。

1966年11月 6日(日)
 これから入試までいかに過ごすべきか、「高三コース」の四月号を参考にプランをたててみた。

高3コース1966年4月号表紙 『高3コース』は学習研究社(現・学研ホールディングス)が発行していた、大学進学希望の高校3年生向け月刊雑誌。主に入試情報や受験勉強について掲載していた。1966年4月号は「大学入試対策スタート号」で、巻頭大特集が『現役合格のための年間総合プラン―史上最大'67入試への完全設計』。
 「実際の入試では、志望大学によって、入試科目がかなり違うから、これが年間計画を立てる際に大きな制約を与える。したがって特別な事情がないかぎり、まず志望大学をはっきりさせてから、受験勉強の具体的なプランを立てるのが順序である。大学を決める際には、当然学部・学科まで明らかにしておくべきである」
 「自分の現在の学力については、高校1、2年で行なわれた中間テスト、期末テスト、それに校内、校外の模擬テストの結果などをよく反省してみて、「総得点」「順位」「得意科目と弱い科目」などから、重点のおき方、学習法、時間の配分などを決めていくようにしたい」(「現役合格のための年間総合プラン―史上最大'67入試への完全設計」『高三コース1966年4月号』(学習研究社、1966年))
 雑誌『高3コース』は1982年に『大学受験Vコース』と改題されたあと、1997年に『ベス・キャン』に統合される形で刊行が終了した。

1966年11月23日(水)
 晴

 宇都宮:晴・最低-4.5℃最高10.7℃。午前中は快晴、午後から雲が出た。午後4時は9℃前後。

 その後お昼まできのう図書館から借りてきた啄木の『人生日記』を読んだ。

 『人生日記』は、石川啄木著石川正雄編『啄木人生日記』(社会思想社、1965年)のことである。現代教養文庫の一冊。

 ボンミヤノでお菓子の安売りをしているというので、私が代表で買ってきたり、そのついでに西沢書店によって「歴史読本」をかってき、それを読んだりしてただなんとなく過してしまった。

ボンミヤノ

 ボンミヤノは、栃木県宇都宮市中河原町(現・中央本町)にあった洋菓子店である。
 宇都宮で有名な洋菓子店だった。建物は現存せず、空地になっている。
ボンミヤノ地図ボンミヤノ

西沢書店

 西沢書店は、栃木県宇都宮市馬場町(現・馬場通り一丁目)にあった書店である。長野県発祥の西沢書店の流れを組む老舗書店で、宇都宮女子高校の教科書を扱っていた。建物は現存せず、東京電力栃木支店がある宇都宮TDビルディングの東部分になっている。
西沢書店地図西沢書店
人物往来歴史読本 「歴史読本」は、人物往来社(現・新人物往来社)が発行する月刊の歴史雑誌『人物往来歴史読本』(現・歴史読本)のことである。1966年12月号の特集は「黄金争奪の戦史─ナゾの埋蔵軍資金」。当時150円。

 私は目標とした大学に入らねばならない。「立命館大学文学部史学科日本史専攻」に入らねばならない。

栃木県立宇都宮女子高等学校
☞二十歳の原点ノート1966年9月16日「立命館の立命館史学、それに京都という場所、また早稲田に似た反骨精神を知り、立命館に行きたくなった」
☞二十歳の原点ノート1966年10月3日「立命館大─京都という古都へのあこがれ、在野精神にあこがれる」

1966年11月28日(月)
 晴

 宇都宮:曇のち晴・最低-3.8℃最高13.6℃。午前中は雲が多かったが、午後から快晴になった。

 人間は、自分の目的のために己を律することが必要なのである。

☞二十歳の原点1969年1月6日「─己を律せよ─」

 三つのコースを大まかに分けると、社会人になるか、学生生活をするかの二つに分けられる。今の状態で社会に出るのは不安である。

 当時(1967年)の女子の大学等進学率は計13.4%(うち大学4.9%、短期大学8.5%)にすぎなかった。2012年には計55.6%(うち大学45.8%、短期大学9.8%)になっている(文部科学省「学校基本調査」参考)
☞二十歳の原点1969年5月28日「就職するのはいやだし、大学にでも行こうかって気になり、なんとなくきた」

 何とか大学へいけるだけの経済力が私の家にはある。

高野悦子の実家

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